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ミノカサゴ

 初めての水族館で「ミノカサゴ」と予想外の再会となつた。

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 小学生の頃、母は「勉強しなさい」と言つたことは一度もなかつたが、子供にはきちんと教育を受けさせたいと思つたのだらう、文学全集に限らず各種の「全集」をさりげなく自ら選んでは買つてくれた。

 さういふ中に、シリーズ物の「科学図鑑」があつた。

 なかでも強烈に印象に残つてゐるのが、「ミノカサゴ」を表紙にした巻のあるシリーズで、その全集の名前すら覚えてゐないのに、表紙の写真と「ミノカサゴ」といふ不思議な名前はくつきりと目に浮かぶ。

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 タツノオトシゴの実物を見た時の感動と並んで、私には忘れられない生物の体験になつてゐる。
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恥知らずの細木数子

 書店に行つたら、レジの近くに著者の写真入りの小さな立て看(?)と本が数冊程度だが平積みになつてゐた。よく見ると「細木数子」の名が見えた。

 まだ、しぶとく生き残つてゐるのかとがつかりした。

 30年近く前のことだが、ビートたけしが所謂「フライデー襲撃事件」を起こして、執行猶予付きの有罪判決を受け、半年ぐらゐだらうか、謹慎してゐた時期がある。

 私は「たけし」がほとんど無名の時代から高く評価してゐて、悪友Kamuiにもよく「たけし」の話をし、ラヂオに少し出演するやうになると録音してKamuiにも聞かせたものだつた。

 だから、ちよつとした下らない事件があつても、あの才能を周囲が放つておくわけがないことは自明のことだつた。

 当時、「占ひ師」として権勢をふるつてゐたらしい細木数子は、私には一目で占ひとは無縁、「実業家」の風貌をした詐欺師の顔としか見えなかつたので、詐欺師でも視聴率が稼げれば利用できるだけ利用するといふ節操のないテレビ業界にもうんざりとしてゐた。

 ある時、その細木数子がテレビの番組で、「たけしの今後はどうなるのでせうね」と司会者だか進行役だかから聞かれると、「それはもう占ひの問題ではなく、最近ディレクターたちと食事をしてゐた時に、どの放送局ももうたけしは使はないと言つてゐるのだから、もうダメですよ」といけしやあしやあとのたまつたので、私はあきれ果ててしまつた。

 馬脚を現すとはこのことで、自らの存在価値を否定してゐるにほかならないその発言の重要性にすら氣づかず、周囲のおだてに乗つて、天下でも取つたかのごとく偉さうに人を見くだす態度と品の無さに私は啞然とした。

 ああいふ事件を起こして有罪にならうが、謹慎処分にならうが、「〜年後には必ず復活する」ことを見通すのが、占ひではないのか。

 その当時もテレビを持つてゐなかつたから、滅多にあの不愉快な顔を見ることはなかつたのだが、もともといけ好かないババアだと不快に思つてゐた気持ちにとどめを刺す発言になつたのである。

 出版社ももう売れるはずもない詐欺師の本を売らうなどといふ心得違ひはいい加減にして、昔の編輯者のやうに眞つ當な新人を発掘して育ててもらひたいものだ。

外交官も悪くなかつたかなあ

 佐藤優の本を読んでゐて、突然、思ひ出したことがある。

 高校2年生から3年生にかけて、私は将来の具体的な進路が一向に見えず、夜も眠れないことがよくあつた。

 一つだけ「職業」としての可能を考へてゐた職種があつたのだが、あることをきつかけにその選択肢を消したので、先がまつたく見えなくなつたしまつたのである。

 ある時、叔母から「外交官になるのもいいわよ」と言はれたことがあつた。

 私は外交官の具体的な仕事も知らないくせに、生返事をしたまま、調べようともせずに、選択肢として論外だと心の中で断じた。

 今になつて、叔母の助言は案外適切だつたのではないかと思へてきて、自分の迂闊さに愕然とする。

 自分の適性といふのは、他人の方が遥かに的確に見抜いてゐることのはうが多いものだ。

ボビー・シャーマン

 今は昔、『リトル・ウーマン』でヒット・チャートの1位に躍り出て、一気に日本人の若い女性ファンを増やしたボビー・シャーマンは、その後ヒット曲が続かずに、あつと言ふ間に忘れ去られてしまつた。

 日本でも確か武道館でコンサートを行なつて大人気で、『想い出のヨコハマ』もそれなりにヒットしたが、その後は話題になることもなくなつた。

 その『想い出のヨコハマ』であるが、これは知る人ぞ知る有名な話だが、私自身もすつかり忘れてゐたのに、ラヂオで珍しくボビー・シャーマンの名前を耳にした途端に思ひ出してしまつた。

 何を思ひ出したかといふと、『想い出のヨコハマ』はボビーが来日して、その思ひ出を歌つた曲であるかのやうに多分宣伝したからだらうが、にはかファンの若い女性アナウンサーなども、すつかりその氣になつてラヂオでこの曲を紹介してゐた。

 ところが、この曲はヨコハマとは何の関係もなく、原題はOklahama City Timesで、"Yokohama City Times"と聞こえる部分の歌詞も、"But I gotta be more than just two lines in the Oklahoma City Times"となつてゐる。

 この曲を『想い出のヨコハマ』として売り出すことを思ひついたレコード会社の才覚には驚嘆する。

 レコードを私は持つてゐたはずだが . . .

歌のない歌謡曲

 今でもラヂオで「歌のない歌謡曲」といふ番組がある。朝7時からの放送だ。

 これが聞こえてくると、登校拒否をしてゐた小学生だつた時の朝の空気を思ひ出す。

 学校に行くのが嫌で、行つても逃げ帰つて来てしまふ手に負へない子供だつた。

 「歌のない歌謡曲」が流れる時間帯は、私が学校を休むことが決定された直後であり、これで今日は学校に行かずにすむといふ安堵の気持ちを味はひ始めた時に耳に届く、象徴的な番組だつた。

 まだ放送が続いてゐることを知つた時には、驚くと同時に、小学校1年生の時に住んでゐた家の茶の間の風景と古いラヂオの記憶が蘇り、切なくなつた。

 今年はあの時の担任だつた先生にお会ひしたいものだ。

 同級生の一人が昨年、お宅まで訪ねていつたらしい。先生ご夫妻がお元気だつた、と年賀状に書かれてゐて嬉しくなつた。

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