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石上玄一郎『千日の旅』

  以前、この本が発売になつたことだけ触れた、実はその翌週に八重洲地下街のR.S.Booksに行くと、もう棚に並んでゐて1,500圓だつた。もちろん、すぐに買つた。

 戦前の作品が3篇、戦後の作品が3篇収められてゐる。「今日に至るまで他のどこにも類似作品のない珠玉の作品群から六作を厳選」と裏表紙の謳ひ文句にある。

 それぞれ文體も内容もかなり違ふのだが、いづれも磨き上げた言葉遣ひで、一言もゆるがせにせずに丹念に言葉を積み上げて、一つの物語にまとめてゐる。かういふ文章を読んでしまふと、昨今のだらしない、文體もなにも態(てい)を成してゐない作家たちの作品など読めなくなつてしまふ。もつとも、石上作品には私の知らない言葉が次々に出てくるので、辞書を調べては、また読み直すといふことを繰り返す、情け無い読書ではあるのだが。

 石上玄一郎は札幌の生まれで、幼くして母、そして父を相次いで亡くし、祖母(と父親の)郷里である盛岡で育つた。旧制弘前高校(青森)では太宰治と同級で、太宰は石上を意識しながら作家活動をしてゐたらしい。

 選び抜かれた言葉から浮かんでくる情景もくつきりと目に焼き付いて、忘れられない。デビュー作ださうだが「針」も、その翌年の作「絵姿」も初めて読む物語なのに、魂に染み入る懐かしさを覺える。

 「針」からの一節に、
 「餌差とはなにをいたしたものか、文明の今日ではそんなのんびりした職業のあったことすらおおかたは忘れられてしまっておるようでございますが、いまから百二、三十年もまえ、人間がもっと鷹揚で閑日月を愛する術(すべ)をしっておりました頃には、殿様からなにがしかの御扶持をいただき、立派にこのような職業がなりたってゆけたのでございました。
 餌差はべつに鳥刺しとか刺鳥(さいとり)とか申しまして、刺鳥竿に黐(もち)をつけて小鳥を捕うることをなりわいといたす者の称でございます」

 とか、
 「雪消(ゆきげ)の頃になりますと」
 
 あるいは、木の枝に引つかかつてゐた「目もあやな女の絵姿」に魅せられて、描かれた本人を探して千日の旅を繰り返す「絵姿」の一節、
 「召使う下部(しもべ)眷属の数は三六五人、朝夕の米の磨汁は川の流れに満ち、その川の名をば世人は米白(よねしろ)川と称(よ)んだ。使用する牛馬はまたその数を知らず、山に追い上ぐれば山の容(かたち)が変り、野に追い下ろせば野の色の改まるほどである」

 などなど、奥ゆかしさを覺える数々の言葉遣ひに陶然となる。

 物語の展開なども、太宰治など足もとにも及ばない大作家なのに、これまで正当な評価とはほど遠い僻地に追ひやられてゐたのではないか。

 かうなると、新版は高くて買へさうにないので、古い版でも構はないから、石上玄一郎の作品集を手に入れて、ある程度まとめて読んでみたくなる。


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