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08
   

骨髄移植には断乎反対

 「脳死」と同様、「臓器移植」には当初から一貫して私は反対・拒否の立場を貫いてゐるから、親しい人たちには目新しい話題ではない。

 要するに、反対する一番の理由は「胡散臭い」と私が感じるからで、この感覚を大事にしてゐることは、これまたよく私が口にしてゐることであり、ほとんど私の主義に近いのだ。

 もちろん私とて、大事な人や特に血のつながつてゐる人たちには特別な感情と愛情を抱いてゐるから、さういふ人たちが「生きてくれてゐるだけ」で、私には大きな力とも生き甲斐ともなつてゐることは間違ひないし、それは十分に自覚してゐる。当たり前である。

 しかし、だからと言つて、自分以外の人を傷つけたり、命を危険に晒すやうなことまでさせて、生き延びさせたいのかと問はれれば、躊躇せざるを得ないのだ。

 病気であれ事故であれ、理由はともかくとして、早晩、人はみな死すべき運命を背負つてゐるのである。それが寿命といふものだ。私は寿命も大事なものだと考へてゐる。

 「生かされてゐる」ことを実感してゐる身としては、自分の命は大切にしなければならないと思ふが、死ななければならない時期は決められてゐるのだから、それに逆らふことは、不自然な行動だとも思ふのである。

 どういふ前後関係があつたかは思ひ出せないが、よく母が「命根性(いのち・こんじやう)が汚い」といふ言ひ方をしてゐた。死に対して潔くない、といふ意味である。

 寿命がきたらじたばたしないで、運命、といふよりは自然の働きに身を任せるのが、人として最後に示さなければならない重要な使命だとも思つてゐる。

 臓器移植や骨髄移植といふ不自然なやり方で、延命することに私は意味を見いだせない。ましてや、骨髄移植は提供者の命を危険にさらす、許しがたい行為だ。「断乎反対」と言はざるを得ないのである。

 ちなみに「断固」は新聞がでつち上げた表記でこんな日本語はない。「断乎」が正しい。
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